■政治家への興味・父の選挙
 私は、学生時代から祖父や父の活動を身近で見てきました。
困難に直面している国、団体、人々の為に生涯を捧げてきた祖父、政治と経済は車の両輪という信念のもとに活動を続ける父、二人の心の根底に流れるものはやはり「一人でも多くの人に幸せを感じて貰いたい」という願いだったと思います。

 「物で栄えて、心で滅びる」社会になってはならないと、父は政治家を志しました。
が、それは決して平坦な道のりではなく、起伏の激しい長い道のりでした。
私が六歳の頃、昭和四十七年十二月の衆議院議員選挙に群馬二区から無所属で出馬しましたが、苦杯をなめました、その後、昭和五十二年の時は、自民党公認とされながらも諸事情により、出馬を辞退、昭和五十八年十二月の衆議院選挙は次点に泣きました。
政治を志して十五年目の昭和六十一年夏、父にとって、三度目の挑戦でした。
私は学生でありながら、父のもとにかけつけました。
選挙については、右も左もわからない私でした。
個別訪問で別の候補にばったり会ってしまって、心ならずも父のパンフレットを後ろに隠して、つい「がんばってください」と言って、ことのついでに握手までしてしまったこともありました。
失敗談は数しれませんが、今となっては、なつかしいものです。
(代議士の代わりに弔辞を読んだ時は、緊張いっぱいに元気よく読んでしまい、地元の役員さんに、もう少し悲しみを表して弔辞を読んだらと注意されたこともありました)。